翻訳と辞書 |
Ali Maow Maalin ( リダイレクト:アリ・マオ・マーラン ) : ウィキペディア日本語版 | アリ・マオ・マーラン
アリ・マオ・マーラン (Ali Maow Maalin・1954年 - 2013年7月22日)とは、ソマリアの病院職員、ワクチン接種活動家。1977年10月31日に天然痘ウイルス (Variola minor) に感染した事が確認された、世界で最後の自然環境における天然痘患者である〔Smallpox -- The Death of a Disease (book excerpt) ''admednews.com'' 〕。また、その経験を生かして同国内で急性灰白髄炎ワクチン接種の活動を行った〔Last Person To Get Smallpox Dedicated His Life To Ending Polio ''National Public Radio'' 〕。 == 背景 ==
天然痘は天然痘ウイルスに感染する事で発症する病気であり、このうち Variola major と呼ばれる株は致死率20%から50%と非常に致死性が高い〔天然痘(痘そう)とは ''国立感染症研究所'' 〕。また、感染力も非常に高い事が知られており、20世紀の間に天然痘によって3億人から5億人が死亡したといわれている〔The Top 10: Epidemic Hall of Infamy ''UD Davis'' 〕。一方で、天然痘ウイルスはヒトにのみ感染し〔Smallpox ''Centers for Disease Control and Prevention'' 〕、種痘と呼ばれるワクチンで免疫の獲得で発症を容易に防ぐことができる〔。この背景から、1958年にWHOは世界天然痘根絶計画を可決し、天然痘の撲滅に乗り出した〔。この運動は、途中で方法を変えながら行う事で効果を上げ、1975年には感染地がソマリア、エチオピア、ケニアを残すのみとなった。WHOはこの地域に注力した結果、エチオピアでは1976年8月、ケニアでは1977年2月に最後の感染報告がなされた〔The smallpox story: life and death of an old disease ''National Center for Biotechnology Information'' 〕。 最後に残ったソマリアがなかなか進まなかったのは、人口350万人の多くが遊牧民であるため確認が困難である事や、ワクチン接種に対する文化的な拒否感が関係していた。また、1975年の大規模な旱魃の影響によるエチオピアの国境を越える移動や、1977年に勃発したオガデン戦争が、更に感染の封じ込めや医療支援を困難なものとした〔Jonathan B. Tucker (2001) "Scourge: The Once and Future Threat of Smallpox"〕。1969年には国を挙げてのキャンペーンが一度失敗している〔。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「アリ・マオ・マーラン」の詳細全文を読む
英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Ali Maow Maalin 」があります。
スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース |
Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.
|
|